タバコとその精神依存性 =少年達に与える影響について=

下妻支部 平間 敬文
下館支部 小松崎 厚

真壁郡市医師会・会報46号(追補)1986.10

タバコとその精神依存性

=少年達に与える影響について=

 タバコの害については、その発癌性や多くの健康被害の問題が幅広く論じられている。また最近では、青少年喫煙者の激増も報じられている。私達は、予防医学としてタバコのない社会を実現するための実効性のある方策としては、“無煙世代を育てること”が最良のものと考え、3年前から教師を含めた数人の友人とともに小・中学校、そして高校に出向いてタバコの害についての講演をしてきた。これまでに約30,000人の生徒に話をし併せてタバコ体験のアンケート調査を行ったが、この間に多くの現場の教師のタバコに対する意見も聞くことが出来た。これらを踏まえて、青少年の喫煙問題についての拙見を述べてみたい。
 タバコが少年達に与える影響には、大きく分けて2つの要素があると考えている。すなわち1つは、多くの詳細な疫学的データが語る早期の喫煙開始に伴う発癌率の上昇などをはじめとした「タバコ病」による健康被害の問題であり、そして2つに少年期の喫煙がもたらす、社会的な生括適応障害ともいうべきものがあると考えている。
 タバコは一度覚えたら容易にはやめられないと言われる通り、非常に強い習慣性を持った依存性薬物である。Seevesは精神賦括剤(依存性薬物)を3群に分かち、タバコをその第1群:微弱な精神賦括剤(精神依存は強いが精神賦活作用が弱く精神毒性はないもの)の項に分類している。ちなみに第2群は興奮性精神賦活剤(コカイン・覚醒剤等)であり、第3群は抑制的精神賦活剤(モルヒネ・アルコール等)である。確かに、タバコの精神賦活作用は弱い。しかし、「煙草依存が心理的なものか、生理的な側面を合わせ有しているかは別として、これを断つ事は事実上、ヘロイン依存から脱する以上に困難といっても過言ではあるまい。」(現代精神医学大系:逸見武光)と成書にも書かれてあるように、その精神依存性は極めて強い。
 現在でも、一部の医師を含めて「タバコは禁断症状(肉体依存)など無いのだから麻薬とちがって、やめようと思えば容易にやめられるので心配ない」などと言う人がいるが、代表的な麻薬であるコカインにも禁断症状は無い。禁断症状に関して言えば、この言葉を使えるのは「モルフィン型」と「アルコール・パルピッレート型」の2つの身体依存を形成する薬物に対してだけであり、コカインや覚醒剤等の中毒患者がその強い精神依存を断ち切られた場合に生ずる、種々の精神的な禁断現象に対して使える適当を言葉が無いのである。
 ここで少年達のタバコに話は戻るが、我々医師も含めて大人達は、タバコがこういった強い精神依存性を持った薬物であること、そしてその使用を中断された時の禁断現象に対して、意識的に目をそむけていることはないだろうか?もし少年達がタバコの習慣(一定量のニコチンを一定時間毎に欲求すること)を身につけてしまったとすると、落ち着いた通常の学校生活は非常に困難になる。あたり前の事であるが、彼らは学校で吸いたい時に吸うという訳にはいかない。タバコの禁断現象の特徴は、注意力の持続や集中性を失うことで要するに、飽きっぽくイライラして落ち着きのない状態になる事である。これは生徒がアクティブに行動しているときはさほど現れないが、授業のように、パッシブな何かを待つ状況では容易に発現しやすいように思われる。この状態は、学校生活にはひどく馴染まないものである。大人が夜中にタバコを切らして夢中で灰皿を漁る状況ほどの事はないにしても、吸いたい時に吸えないつらさは学校生活のあいだ中彼らにつきまとう。年少者においては、禁断現象から来る苛立ち、精神不安が大人より強く現われるようにさえ思っている。結局授業にきちんと取り組むことができず、学校生活の最も重要な部分で苦しい状況下に追い込まれることになる。
 これまでに講演で訪問した各学校で、多くの教師から喫煙問題に対する意見を聞いた。教育の現場において、タバコは非行や健康の問題としての取り上げ方が一般的であり、タバコの麻薬的な精神依存性それに伴う一種の禁断現象と生徒の学校生活との関連については、ほとんど認識されていないとの印象を受けた。以前いわゆる「荒れた中学」で講演したところ、先生方がタバコの問題におよそ無関心で十分を協力が得られず、大騒ぎの生徒を前にほとんどまともな話もできず、惨めな気持で帰ってきたことがある。最近その学校が、「いじめ」の問題で新聞に大きく取り上げられているのを見て、今更にこの間題の意味するところの大きさを痛感させられた。此度の茨城県教育委員会の「県立高校退学者数状況」でも中途退学者は、年々増加の一途をたどり昭和60年度では実に全県立高校生の2.24%にあたる2,228名にのぼり、その多くが「学校や勉強がいやになった」という〈学校生活不適応〉が原因で中途退学しているという。この学校生活不適応と喫煙との関係は、多くの現場教師の指摘するところである。少年達のタバコは彼らの学校生活そのものを変えてしまう恐れのある点で、大人達のタバコとはその影響に根本的に大きな差がある。学校の先生方は「タバコを覚えてしまった生徒達には、その精神依存性から正常な学校生活ができにくくなるのだ」ということを銘記して対応してほしいと思う。
 タバコを長い間吸い続けている患者さんに禁煙させる難しさは、多くの臨床にたずさわっている先生方が身をもって経験されているところであろう。先にも述べられているようにニコチンという薬物に精神依存した生活をやめさせることは、麻薬患者を更生させるに匹敵するほど困難で大変な努力を必要とする。少年達の喫煙に親や教師がサジを投げたくなる気特も良くわかるが、あたり前の習慣として何十年も吸い続けてきた大人達をやめさせるよりは、まだ難しくはないはずである。あきらめずに粘り強く説得するしか方法はない。
 何よりも有効なのは、少年達がタバコを覚えるのを予防してしまう事であろう。我々の1万名近いアンケート調査でも、高校生喫煙者の大半は中学2〜3年生の時にタバコを吸い始めている。最近の少年達の喫煙者激増を考えると、この年齢以前にタバコを吸う習慣をつけないことの重要性をきちんと教育する事が急務である。私達はタバコを薬物依存の問題として把え、そしてこの問題に正確に対応していくことが、医師に与えられた社会的責務と考えている。医師会として整ったマニュアルを持てば、私達の経験から県単位で2〜3チームを編成することで充分に対応できると思う。
 このすぐ手の届く所にある〈麻薬に近いタバコ〉に少年達が手をつけないように、我々は自らの喫煙習慣も含め真剣に考える必要があるのではないだろうか。タバコは人類に多少の快楽を与えたかも知れないが、その害の大きさから今や滅び行くべき忌わしい習慣なのである。

(無煙世代を育てる会・役員)

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