喫煙と糖尿病の話題 〜 タバコくらいいいでしょう?

茨城県糖尿病協会会報「かいらく」



光潤会平間病院 院長 平間敬文

喫煙と糖尿病の話題(1) 〜 タバコくらいいいでしょう?


 糖尿病外来に通院中の患者さんが、風邪などで一般外来に回ってこられたとき、タバコのにおいに敏感な私はすぐに喫煙者だと分かってしまう。「タバコ吸ってるんですかぁ」と素直に疑問を投げかけると「タバコくらい、いいですよね。食べることはしっかり気をつけてますから。それにタバコをやめると食欲が増してコントロールがもっと難しくなるってよく聞きますよ」とおっしゃる。糖尿病外来の先生とも話し合ったが、「タバコが良くないのは、充分分かっていますがとても聞いて呉れそうもないですから、それ以上は・・・」とのこと。
 門外漢ながら、むくむくと疑問と憤りを感じてしまう。私は喫煙が諸悪の根源と考えているくらいの反タバコ医療人、タバコの害をほとんどの人は分かっているというが本当だろうかといつも疑問に思っている。耐糖能異常のある方々がタバコを吸うなど、私にとっては全く信じられないことである。単純に、タバコの害の本質は発がん物質の暴露と微小血管障害にあるのだろうと考えており、タバコ病と糖尿病の大きな共通点は「老化」と信じているからである。少しタバコと戦う側から糖尿病対策、治療を見てみたいと思う。
 メタボリック症候群がやたらと騒がれて、国の生活習慣病については健康政策まで大きく変わったのだといわれるが、タバコに30年近くも関わってくると、これまた例によって歪められた施策だなぁとすぐ気付いてしまう。行政に関わる人達が、タバコを槍玉にあげることはとても難しい。取敢えず目をそむけている方が無難らしい。さもなければ、健康政策ではいつの間にか傍流になることを覚悟しなければならないとか。「タバコは合法的な大人の嗜好品」であり、「個人の価値観、自己決定権の問題」でそれをどうこう言うのは基本的人権侵害に当たるのだそうだ。それではかつ丼を何杯食おうが、ケーキを食おうが「個人の自由」を認めるべき、と同じことで食事指導などとてもできないことになる。それは行き過ぎだ、考え過ぎだといわれそうだが、糖尿病がありながら喫煙している人のほとんどが「何としてもタバコはやめなさい」という指導を受けていないことの方が私にとっては奇異に感じられる。
 タバコと糖尿病の関りに入る前に、少し「タバコって何だ」というところを知っていただきたい。タバコは多くのドラッグの中で、これをビジネスとして用いるに、他の植物アルカロイドにないいくつかの利点があった。幻覚作用を持たず、仕事をやりながらでも使用することができ、喫煙者になったからといってすぐに健康を損ねたり死ぬことはない。そうして飛びきり強い依存性(やめにくさ)を併せ持っていた。これらの特性から、おそらくアルコールに次いで人類に最も広く用いられたドラッグとしての揺るぎない地位を築いた。しかし、これが1970年代を境に大きく凋落していく。他のドラッグにはない致命的な欠陥が明らかにされたのである。他の薬物にない「ガンを引き起こす」という深刻な事実が広く世界の知られるところとなり、ついには「たばこ規制枠組み条約」を以て、人類と喫煙習慣は共存できないという共通認識とするに至った。害のエビデンスに関してはその後、雪が降り積もるように大きさ、広さ、根深さが明快な科学的知見として確実に積み上がってきた。
 喫煙がインシュリン抵抗性を高めることから、糖尿病発症やそのコントロールに大きな悪影響を与えるだけでなく、他人のタバコの煙で周囲にいる人が同様のリスクを負うことも分かってきた。そのような現実を尻目に、我が国では生活習慣病対策で喫煙対策が筆頭に挙げられることはない。歯がゆい思いがつのる。これから数回に分けてタバコと糖尿病をめぐる最新の話題を皆様と一緒に考えてみたい。

平成21年1月15日(第172号)

喫煙と糖尿病の話題(2) 〜 タバコくらいいいでしょう?


 糖尿病治療に関わる指導書や資料を読んでいると、不思議なくらい喫煙について触れていないものが多い。まず半数くらいで完全に喫煙習慣が無視されている。なぜこのようなことになるのだろうか。日本医師会の調査でも一般外来診療時に喫煙習慣の有無を問診で聞くのは25%程度とのことで、タバコについての問題意識が乏しいのか、あるいはあえて避けているのかは分からないが大変困ったものである。
 メタボと言われる方々には喫煙者が多い。偶然にも見えるが実は強い相関関係がある。喫煙者はタバコを吸わない人より2倍メタボリック症候群に陥る。40歳くらいまではタバコを吸いながらでもそこそこスポーツを楽しみながら生活できるが、その後多くの人は急に活動的なライフスタイルを捨ててしまう、否、捨てざるを得なくなる。加齢と共にタバコは急速に心臓と肺の機能を低下させ、活発な運動がつらくまた危険なものになるからで、当然運動不足から肥満へ、そして脂質や糖代謝へ大きな悪影響を及ぼすに至る。
 糖負荷試験をおこなうと面白い現象がみられる。血糖値の上がり方にはほとんど差がないが、血中のインスリン値を測定してみると明らかに喫煙者は高値となっている。つまり同じ血糖値を保つには、喫煙者ではインスリンの効きが悪いため倍くらいのインスリン分泌が必要になってしまう。これは「インスリン抵抗性」と呼ばれ、もともと分泌不全の傾向を持っている人々の糖尿病発症の大きな原因となっている。
 また動脈硬化の進行は糖尿病の特徴ともいえるが、この成り立ちに喫煙習慣は見事に重なってくる。タバコと糖尿病はほぼ同じようなメカニズムで病態の悪化が起こるのだ。たとえば、血管の粥状硬化は血管の一番内側にある内皮細胞の障害から始まる。高血糖はこの内皮細胞に機能障害をもたらし、そこからコレステロールの血管壁内への浸潤が起こり中膜下に沈着、内腔の狭窄に至る。肺から吸収されたタバコの200種類といわれる有害成分もやはりこの内皮細胞障害性が極めて高いことが知られている。障害された内皮細胞の実験研究をされている方が「最も簡単に培養内皮細胞に障害を起こさせるには、タバコの煙を吹きこむのが一番簡単で確実な方法なんですよ」とお話していた。糖尿病の患者さんがタバコを吸うということは、血管にとって非常に具合の悪いことを敢えて重ねてやっていることになり、動脈硬化(血管の老化)がより早く進行しいろいろな合併症が起こりやすくなるのも当然である。心筋梗塞や脳梗塞の発作を引き起こすリスクも、吸わない糖尿病患者さんの発症率を倍々ゲームで高めていく。もちろんのこと他の合併症も同様に強く促進され、糖尿病性腎症は5倍、糖尿病性神経障害は10倍も早く進行するという。糖尿病の治療に対し患者さんがタバコを吸うことは、まさに「火事場で放水している消防車のホースを踏みつけているのと同じこと」と考えると分かりやすい。
 生活習慣病予防の厚労省標語は「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後に薬」となっているが、禁煙もしないでメタボの人が運動などしたら正直言って危険である。これは「1に禁煙2に食事3に運動、最後に薬」とすべきことは常識以前の問題の問題と考えているが、なにやらお国の方針は何としてもタバコ対策を最優先にすることは避けようとしているように見える。胡散臭い話だと私は思う。

平成21年4月30日(第173号)

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