お母さんとたばこと子供たち

光潤会平間病院理事長 無煙世代を育てる会長 平間 敬文

茨城新聞 【寄稿】 2004年(平成16年)8月6日金曜日

お母さんとたばこと子供たち

まず家庭の敷地内禁煙

 茨城県はすべての公立校が、来年度中には敷地内禁煙となります。県の教育委員会がこの決定をしたのは、和歌山県に次いで実に全国で二番目のことです。しかし残念なことに、すみやかな実施には抵抗があったようで、三年間での段階的施行ということになりました。二年目の今でも敷地内禁煙が達成されているところは全体では少数派にとどまり、多くの中、高校ではまだ先延ばしにされています。
 その間に、青森、愛媛、長野、愛知県などは昨年度から、東京、静岡、福島など八都県は今年から敷地内禁煙が実行され、茨城県は学校のたばこ対策で先進県とはいえなくなってしまいました。とても残念なことです。

 「たばこを吸うということは、大変なことなのだ」と伝えたくて、私たちはちょうど二十年、四十万人に学校の出前禁煙教育を続けてきました。ところが青少年喫煙の現実は、皆さんご存じの通り目を覆いたくなるようなひどい状態です。最近では小学生でたばこを始める子も少なくありません。
 私にとって学校が完全にたばこの煙のないエリアになるのは、健康増進法で子供たちを受動喫煙の害から守るというより、子供たちや先生がたばこに対する意識を変えるというところに大きな意味があると思っています。日本は喫煙が当たり前の、先進国ではまれな「たばこ容認社会」で、この国に育った中、高校生がたばこに染まらないで大人になるのは大変難しいことといってもよいでしょう。

 さて、問題はどこにあるのでしょうか。もちろん民営化されたものの実質的にたばこを製造、販売している「国」の責任が最も大きいのですが、思春期世代の子供たちがたばこを吸いだす責任のかなりの部分は、家庭にあるのではないでしょうか。親が吸う子はやはり喫煙者になることが多いのですが、最近気がかりに思うのは、講演の事前アンケートで、「最初の一本目からたばこがおいしかった」と答える子が少なくないことです。そして、その子たちを詳しくみると「両親が吸う」家庭の割合とよく一致するのです。「お父さんが吸う」という条件ではバラつきがあり、明らかに違いがあります。

 両親が吸う、というのは、お母さんが喫煙者ということです。さて、家庭内で一緒にいる時間のいちばん長いお母さんのたばこの煙に小さいときから浸されると、一体どういうことが引き起こされるのでしょうか。漂うたばこの煙には吸い込む煙の三倍ものニコチンという麻薬と同類の薬物が含まれています。子供たちは幼児期、成長期に、脳が絶えずニコチンの洗礼を受け続けることになります。容易に想像できることですが、脳がニコチンに馴化(じゅんか)され、生理的にたばこを受け入れやすくなっている可能性が強いのです。つまり、中枢神経レベルでたばこを始める準備状態がつくり上げられてしまい、それが「一本目からおいしかった」という答えにつながってくるのではないかと考えています。

 そういう意味で母親のたばこは、自分自身の健康や生活を害するだけでなく、わが子が健康で力強く生きるのをスタートから妨げることになっているのではないでしょうか。
 お母さん方の時代は、それこそ女性向けたばこ広告と煙だらけの環境でしたから、ついニコチンという薬物に捕らえられてしまった方も少なくないと思います。しかし、白分の健康が害されるのは仕方がないにしろ、子供たちまで不健康な人生の巻き添えにするのはよしてほしいのです。

 今はその気になりさえすればたばこを簡単にやめられる時代になりました。私たちが禁煙したころは、それこそ死に物狂いの至難の業でした。しかし五年ほど前から、禁煙用の張り薬「ニコチンパッチ」という強力な武器が使えるようになりました。繰り返しますがやめるのはとても簡単になったのです。ただやめ続けるのは、やはり麻薬の類(たぐい)ですからなかなか難しく、「生きかたを変える」という考えが少し必要になります。「子供のために」と考えるだけでも、それは大きな支えになるでしょう。
 煙のない環境づくりは学校に任せて済むものではありません。前倒しして、まず家庭の敷地内禁煙をぜひ実行してください。子供たちとお母さん自身のこれからの長い人生のために…。

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