獨協生にタバコはいらない(パートIII)

桜杏会幹事・無煙世代を育てる会 平間敬文

『獨協医科大学桜杏会だより』55号(平成17年1月25日)

獨協生にタバコはいらない(パートIII)

 獨協医科大学および病院がすべて建物内禁煙になって二年目になり、屋外でも、見るに耐えなかった大学中庭の異様な陣笠灰皿が姿を消し、キャンパスに入るなり、医学生や医学部教員が煙を吐き出すのを目にさせられることはなくなった。しかし、まだ四か所の屋外喫煙スペースが残っていると聞き、うち学生休憩所外側テラスと大学・新体育館連絡通路わきを見学させていただいたところ、いずれにも、追い出されて仕方なしに外で吸っている、ふてくされた風情の数人がいて、いささか見苦しかった。
 このところ教育現場での喫煙環境の排除は全国的に急激な広がりを見せている。獨協は建物内禁煙では、全国の医学部で三番目の決断だったが、時代はもうキャンパス敷地内禁煙に向かっている。ここで遅れを取りたくないという気持ちは強い。
 大学当局から貴重なオリエンテーションの時間をいただいて続けている新入生の禁煙教育は、全国の一般大学を含めてもほとんど例のない試みで、その効果は相当に期待できると確信している。これから医学を志し健康について先導的立場になる若者が、紫煙をくゆらす堂々たる先輩の姿に疑問もなく、あっという間に喫煙者となっていく実状が手に取るように見えていた。これだけは何としても食い止めなければならないと思っていた矢先の大学からの粋な計らいであった。
 私はいまでも四十万人の中学・高校生に禁煙教育を続けているが、何よりもやりがいがあり、手ごたえを感じているのは、この獨協でのオリエンテーション講話である。いつも驚かされることだが、さすがに医学部への受験戦争を勝ち抜いてきただけあった、喫煙率は低いし、ほとんどの学生さんが皆とても素直にタバコの「罠」に興味を示してくれる。
 改めてタバコのことを述べるのも今さらという気もするが、医学部の学生さんたちにも、広告から与えられるイメージとタバコという商品の本質的な違いを見極めることのできる情報は、残念ながら今の日本では得られない。優秀な若者が、怖がりもせずタバコに手を出すのは、「コーヒーと同じ嗜好品」としている国の姿勢に原因があるといってよい。厚労省が財務省健康保健課と揶揄されても仕方がないくらい、官僚の内輪の都合に取り込まれて、次世代の健康作りも、ことタバコに関しては口出しができない構造になっていた。
 ところが今年からは健康増進法が施行され、受動喫煙からの保護規定が義務付けられた。国際的にはFCTC(WHO・タバコ規制枠組み条約)が間もなく批准され、大きく世界が変わっていく節目に日本もいやおうなく置かれる。財務省が必死に抵抗し、今まで先延ばしにしてきた<たばこ対策>も大きく変わらざるを得ないだろう。ほかの依存性薬物に比べて妄想や幻覚などの精神毒性がないという一点で生き延びてきたようなタバコだが、甚大な健康被害はもう覆いようもなく、「国民は喜んで吸ってくれているのだから」という都合のよい言い訳も通らなくなった。人類にとってタバコは紛れもなく滅び行く忌まわしい習慣なのである。
 もはや獨協もキャンパス内禁煙でよい。私たちは健康に関わるプロなのだ。学内の喫煙者に、都合よく喫煙できる利便性を図ってあげる理由は何ひとつない。むしろ、間違ってタバコの罠に掛かってしまった彼らが禁煙に踏み出す、大きなインセンティブになるだろう。ヒトはタバコの煙も臭いもないところで生活すると、吸いたい欲求が弱まり、自然と禁煙に向かうのは周知の事実である。無煙環境づくりが、喫煙対策の最大のポイントなのだ。
 今、患者さんの権利意識が急上昇し、メディアが医療事故をはやし立てる風潮も加わって、医師の尊厳が急激に引き削がされつつある。医療の世界からの変革も必要とは思う。
 それにしても「患者様」などという最近の言葉を聞くと、身の毛がよだつ。「患者」と呼びすてにしていた長い時代があった。私は患者さんと呼ぶべきではないかと、ことあるごとに抵抗していたものだが、突然「患者さん」を飛び越して「患者様」ということになったらしい。株式会社になるという亀田総合病院や、国立病院の婦長さんたちが全国に流行らせたらしいが、お客さんでもあるまいに変な話である。患者さんも「あまりいい気持ちはしない」と話す人が多い。医療者と患者さんはともに「病い」と闘う同志で、とくに上下の関係などない。
 なぜこんなことになったか情けない思いだが、健康被害を知りつつ(知らないで)タバコを吸っている医療者の存在なども影響は小さくないと考えている。医師としての自信を喪失して、「患者様はお客様」と考えるレベルの医師が多くなってしまったのかもしれない。医療者は学校の教師と似ていて、やって見せて、背中を見せてなんぼの世界にいる。タバコを吸いながら医者をするべきではない。医療者としての衿持を持ち診療に当たることで、自信をもって患者さんを思いやることができる。
 獨協キャンパスに喫煙所はいらない。獨協生にタバコはいらないのである。

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